2026.01.19
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「4《聖母十五玄義図》のザビエル像について」を取り上げます。「熱烈な魂というザビエル図像の基本をなす概念は、そのアトリビュート(象徴的付属物)として十字架、心臓、太陽などをもつこと、視線を天に向けること、胴衣の胸を開くことという三つの図像類型を生んだ。またこれらはしばしば統合して描かれることもあった。これらの図像の発生は、ザビエルの生涯が異郷における布教に捧げられたことと深い関係がある。~略~十字架を胸に抱き、両手を胸にあて法悦のなかに天を仰ぐザビエルの『神戸型』図像は16世紀のカトリック諸国で定型化された聖人図像であったことがあらためて確認できる。しかも、16世紀のある時点で、聖フランチェスコと聖フランシスコ・ザビエルの図像は融合していったということになろう。」ザビエルの図像に見られる両手で衣服の襞をもつ姿勢は何を表しているのでしょうか。「筆者が問題とするのは、この『衣服を摑む図像』が何に由来し、またザビエル像にどのような意味を与えているのかということである。衣服を摑むという『リラックスした』身振りには、ザビエルの熱烈な信仰に満ちた人間像や、生存当時からザビエル像に賦与されていた神秘性が認められない。そればかりではなく、西欧美術史上のいかなる聖人図像にも、歴史画中の人物の図像にも、この奇妙な動作が発見できないのである。筆者は、ザビエル像の原型として考えられる身振りは、『衣服を摑む』のではなく、実は『衣服の胸を開く』身振りであると推定している。」次に画像にある「充分です」という銘文についての考察です。「ザビエルが日本からゴアに帰って中国に渡る準備をしていた1551年に、ゴアのサン・パウロ学院にいたイエズス会士が、深夜に学院の庭の小聖堂でザビエルが祈りをしていたとき、心に神への愛が燃え上がるのを覚え、その熱さのあまりに、胸を開き、『主よ、もう充分です』と言ったということを伝えたことから出ている。」今回はここまでにします。