Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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丸の内の「たたかう仏像」展
今日は工房へは行かず、朝から家内と東京の2つの展覧会巡りを行ないました。どうしても私が見たい展覧会があり、ひとつは期限も迫っていたので、気候が良くなったこの時期に行ってきたのでした。丸の内にある静嘉堂文庫美術館で開催されている「たたかう仏像」展は開催期間が残り数日になったので、慌てて出かけました。もう一つは竹橋の国立近代美術館で開催している「下村観山展」で、これは始まったばかりです。「たたかう仏像」展はその主題が示す通り、憤怒の表情をしている仏像や仏画ばかりで、私はこうした動的な姿勢を持つ仏像が大好きなのです。やはり仏師代表として運慶が浮かびますが、展示調査によれば善円周辺の仏師によるものという考察が出ています。本展の代表としては十二神将像があり、これが十二支と結びついたことで親しみ易い存在になっているようです。仏像・仏画どれも私にとっては興味深々でしたが、その発想の源となった中国の俑も展示されていました。俑は墓の中に収められた人型の陶器で、俑の像が身に着けていた鎧の形式が仏像にも取り入れられました。展示されていた俑は唐の時代のものが多かったように思いました。さらに仏像の表情が憤怒の中にもさまざまな風貌が現れていて、人間臭い雰囲気に思わず笑みがこぼれました。たたかう仏像は何がそうさせているのか、何のために戦っているのか、その解答が得られる文章を図録の中から拾います。「武装する仏像は、現世に実力を行使する存在として信仰され、造像されたということである。柔和な仏菩薩が本来の姿ではあるが、末法の穢れたこの世にあって、それでは解決される気がしない現世の問題を、仏菩薩の化身として現れて実行してくれる存在として求められたのが、武装する仏像であったのである。『たたかう仏像』の姿が多様なのは、衆生の求めに応じて、衆生に最も近いところで彼らに寄り添いながら、ハードな現世で有効な手段としてはたらくことが期待されたためなのである。」(大沼陽太郎著)そうであるならば、たたかう仏像を必要としているのは現代も同じではないかと思ったのは私だけではないはずです。本展の後に向かった「下村観山展」の詳しい感想は後日改めます。