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「抽象作用、人間精神の恒常性 」について➀
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅱ 抽象作用、人間精神の恒常性 」の気になった箇所をピックアップいたします。まず冒頭の文章です。「芸術のそもそもの起源から、いいかえれば先史時代から、人間の創造には二つの大きな流れがあった。ひとつは人間を取り巻く物、また人間の夢に現われたり想像のなかに現われたりする物ーすべてこれらは《未開人》の精神にとってはひとしく現実的なものだったーを再現しようとする欲求を人間に起こさせる流れであり、他のひとつはこれに対立する流れ、すなわち物のかわりとなる記号を人間に生みださせ、これらの記号に真に表現的な価値を与え、これらをして真に《美的な事物》、象徴的形態たらしめようとする流れである。」ただし、先史時代は資料が少ないため研究には慎重にならざるを得ない状況もあります。「われわれはあまりにしばしば仮説や憶測で満足し、しかも本来これらの仮説や憶測には備わっていない正確さをこれらに与えようとする。具象形態と記号とは、絶対的に対立するものではない場合が多い。たとえば中国の古代文字にあってはー今日の漢字はこれの様式化、知能化なのだがー文字はものの形であると同時に記号であり、多くの場合装飾自体が実際の文字になっているのである。」また西欧の文化から具体的に踏み込んだ論述もありました。「いわゆる《本格芸術》は具象的で、抽象的なのは《応用芸術》であるという事実だけで、先史芸術における抽象作用の役割を決定してしまうのは誤っている。実際には具象と抽象のふたつの流れは同時に現われている。これらふたつの流れは、具象的形態および抽象的形態の双方の形をとって、同じ宗教的、呪術的分野にひとしく現われているのである。たとえば、先史時代彫刻のふたつの傑作、ヴィルレンドルフ(オーストリア)の《ヴィーナス》とレスピューグ(フランス)の《ヴィーナス》とを比較してみれば、前者が自然主義的性格のものであり、後者がブランクーシの製作過程に似た過程をとって、具象から抽象に向かっているものであることがわかる。」今回はここまでにします。