Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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ピカビアとデュシャンについて
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の次章は、それぞれの芸術家に関しての文章が掲載されています。最初はフランシス・ピカビアとマルセル・デュシャンを取り上げます。ピカビアに関する文章は詩的です。「ピカビアは真に思春期の自由であった。鳶への受胎告知の可能、それは彼の人間的意志の極光である。王女のような海盤車を見給え。それが単に不思議に無数の官能を具足したひとつの太陽に酷似することはピカビアの真理である。」次にマルセル・デュシャンです。「マルセル・デュシャンのもっともモニュメンタルな仕事は、いうまでもなく、ガラス絵『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』である。~略~彼にとっては、多少とも論理的な仕方で、客観的な諸形態を分解したり(立体派)、主題の再現的な、またダイナミックな要素を混入したり(後期立体派ないしは未来派)することなどは問題ではなく、まったく別個な再現的価値の法則、形態の新しい意義を創造することが問題であった。このガラス絵は、その題が示すように機械のオルガニズムが、調革の論理のごときものによって、かえって人間的な冒険を生きようとするところの全く新しい可視世界を再創造しようとするものであった。~略~このタブローを占めるあらゆる機械的物体を結ぶ、いわば『調革の論理』は依然として難解なものたるを失わないようだ。それはしかし彼のレディ・メードのオブジェの意義の純潔さに似てはいないだろうか。ただわれわれがこの作品からうける全体の印象は、可能なあらゆる努力の意味づけによって、微動だにしない構造的なものであることだ。それがデュシャンの独特な表象法の秘密でなくてはならない。」今回はここまでにします。