2025.03.12
いつもなら工房で窯入れをし、窯以外の電気を使えない状態にして、映画なり美術の鑑賞に出かけるのが常でした。ところが陶彫作品の乾燥が微妙だったために、今日は午前中陶彫制作に励んで、午後になってから家内を誘って、横浜市鴨居にあるエンターテイメント系映画館に「ブルータリスト」を観に行きました。本作は、本年度アカデミー賞3部門、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた3時間35分に及ぶ長尺の大作でした。図録から本作の骨子になるところを拾います。「ホロコーストを生き延び、ハンガリーからアメリカへやって来たユダヤ系の建築家ラースローは、本来なら希望に満ちたこの自由の国で、多くのものを奪い取られる。従兄弟のアティラのもとで手にした仕事も、建築家としての誇りも。3年後、日雇い労働に身をやつした彼に手を差しのべるのは、かつて彼の設計に難癖をつけた実業家のハリソン・ヴァン・ビューレンだ。~略~ラースローはハリソンの強大な力の前になすすべもない。翻弄され、アルコールとドラッグに蝕まれたラースローは、こんなふうに吐き捨てる。『米国の人々は我々を望んでいない。我々がイヤなんだ!我々は無だ。無にも満たない』と。対してエルジェーべト(妻)は、『この地は腐ってる。景観も口にする食べ物も、国すべてが腐っている』と唾棄し、ついにはハリソンを面前で強姦魔と罵る。」(門間雄介著)本作は建築が主体となって、しかもバウハウスで学んだ機能的構築物を創る建築家が主役の映画です。ただしドキュメンタリーではなく、完全にフィクションなので、建築を巡る人間関係やその生きざまが克明に描かれていて、建築そのものより寧ろ人間性のドラマになっていると私は感じました。ブルータリズムとは装飾より構造が剥き出しになっている様式で、近代デザインを牽引したバウハウスの考え方が反映されているのです。私はそんな興味関心から本作を観ようと思ったわけですが、移民の苦しさや文化的な違和感が主題になっている箇所が多く、建築の新しい構想をもっと描いて欲しかったと思っています。そこがドキュメンタリーではないので、本作には限界があるのかなぁとも考えました。