2025.04.03
「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の最後の単元はマネの「オランピア」と、継続して読み始めた「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の最初の単元はモネの「パラソルをさす女」です。まずマネから。「風紀的な観点から見れば『オランピア』は当時の社会に対する反逆であったが、絵画表現の上から言えば、それは西欧400年の歴史に対する反逆だったと言ってよい。~略~二次元的表現は、対象の奥行きや厚み、丸みをあらわそうとしたルネサンス以来の西欧の写実主義的表現と正反対のものである。マサッチオ以来、いやもっとさかのぼってジョットー以来、西欧の絵画は、二次元の画面に何とかして三次元の現実世界を表現しようという努力を重ねてきた。遠近法とか、明暗とか、肉付法という伝統的な技法は、その写実的表現のために西欧絵画が生み出した武器である。ところが、クールベですら疑うことのなかったその伝統的な技法が、ここではほとんど全面的に否定されている。何よりもマネは、最初から三次元の世界を画面に構築することなど、まるで考えていないかのようである。」次にモネ。「モネたちは、そのような習慣にとらわれない純粋な感覚の世界をもとめた。現実の対象が実際にはどんな色をしていようとも、彼らは、自分たちの眼に映じた通りの輝きを、そのままカンヴァスの上に翻訳するのである。彼らの作品のなかに描かれるのは、あるがままの自然の姿というよりも、彼らの眼にそう映ったような自然の姿である。とすれば、彼らに対して与えられた『印象派』という呼び名は、最初は悪口であったとしても、意外に正確にその本質を表わしていると言わねばならない。~略~画面に散乱する無数のタッチは、自然の幻影を与えてくれるものであっても、自然そのものではない。モネは『自分の作品は自然に向かって開かれた窓だ』と言ったが、その『窓』から見える世界は、それなりにひとつの虚構の自然でしかなかった。この『パラソルをさす女』が描かれたのは、1886年、ちょうど印象派の最後のグループ展が開かれた年のことであるが、この頃から、モネの世界は、こまかいタッチで表現される光の洪水のなかに溺れていくようになる。」今回はここまでにします。