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「モンマルトルの画家たちとナビ派」について
「近代絵画史(上)」(高階秀爾著 中公新書)の「第12章 モンマルトルの画家たちとナビ派」について気になったところをピックアップしていきます。本書の上巻はこれで最後になります。モンマルトルの画家たちの中で、本章では主にロートレックを取り上げています。「1878年と翌年79年の二度にわたる思いがけない事故は、彼の両脚を子供の時のままそれ以上発育できないものとしてしまった。それ以後、普通に歩くのには不自由はなかったが、あらゆる種類の肉体的な運動や競技は、彼には無縁なものとなってしまった。後年、彼があの激しく脚を振り上げるフレンチ・カンカンの踊りや、自転車競走の選手、サーカスの曲芸師など、肉体の『動き』を生命とする主題を繰り返し描き続けたのも、現実に禁じられた世界をペンと絵筆で取り戻そうとした試みであったとも言えるであろう。」そんなロートレックの面目躍如とした主題は何だったのでしょう。「モンマルトルの画家としてのトゥールーズ=ロートレックが、真にその本領を発揮するようになるのは、赤い風車の看板とともにムーラン・ルージュが開設されて以後のことである。ロートレックは、さっそくこの新しいキャバレーの常連となり、毎晩のようにそこを訪れては、アルコールに浸りながら、フレンチ・カンカンを踊るラ・グーリュや、しなやかな身のこなしのゆえに『骨なし』とあだ名されたヴァランタンなどの踊りまくる姿を、次から次へと手早くスケッチしていった。~略~それと同時に、ドガやゴッホと同じように日本の浮世絵版画に強い興味を持っていた彼が、とくにポスターや石版画において、思いがけない視点から見た風変わりな構図や、人物のわざと画面の枠で切る特異な構成法によって、多彩な表現効果を生み出したことも、注目される。」ナビ派について触れた箇所にも注目しました。「挿絵や版画に対するナビ派のこのような積極的な関心は、ひとつには、ロートレックの場合にも見られたような日本の浮世絵芸術に対する興味に触発されたものではあるが、同時にまた、彼らの文学趣味の現われでもあった。~略~つまり、ひと言で言って、ナビ派の運動は、広い知的好奇心と新しいものへの情熱によって支えられた、綜合的な芸術活動だったのである。」今回はここまでにします。