Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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新橋の「オディロン・ルドン展」
今日は朝から工房に行き、新作の陶彫作品の乾燥具合を見てきました。まだ窯入れが出来るほど新作は進んでいるわけではなく、工房は通常通りに使える状態でしたが、今日は家内を誘って東京新橋にあるパナソニック汐留美術館で開催中の「オディロン・ルドン展」を見てきました。私は昨日に続いて鑑賞の機会を設けましたが、今は7月個展に向けての準備期間なので、多少の余裕が持てる時期でもあります。ルドンは日本でも人気のある画家らしく、入場口で整理券が配られました。魑魅魍魎の好きな私は、ルドンの初期に見られる眼のある奇怪な世界に昔から魅かれていて、石版画集「夢のなかで」や「エドガー・ポーに」の連作が見られたのは幸運でした。本展の図録を読んで発見したことがありました。象徴主義の旗手だったゴーガンとの交流で、共にポスト印象派として親交があってもおかしくないと私は思っていました。「第8回『印象派展』の出品作家としてその前後にゴーガンを見知ったであろうルドンは、この時期、ゴーガンに対して急速に親交を深め、カフェ・ヴォルピニで開かれたタヒチ渡航への壮行会にも出席している。結局は僅かな期間しか交わることはなかったが、ゴーガンと8歳年長のルドンは非常に通じ合うものがあったようだ。~略~ペルーのインカ文明やブルターニュ地方のケルト的プリミティヴィズムに惹かれるゴーガンと、ある種の神秘主義の探訪者であり自然や夢の領域に浸るルドンの間には、さまざまな共通項が生まれていたことは容易に想像される。しかし、ゴーガンは結局ヨーロッパを去った。~略~邂逅したゴーガンとルドンの逸話は、そうしたもののささやかな一例として位置付けられるだろう。しかし、これはある意味、近・現代美術、ルドンとポスト印象主義、とりわけ色彩や色面の扱いなどの造形表現のディテールと西欧近代芸術全般に敷衍される本質的な命題が含まれており、過小評価すべきではない。」(高橋明也著)話題を本展に戻します。ルドンの初期はモノクロの幻想性の強い作品で知られますが、後半の色彩豊かな作品にも魅力的なものが多く、会場の最後にあった花を描いた作品の数々に、多くの鑑賞者は足を留めていました。家内も私も食い入るように見つめ、その美しさを堪能しました。ルドンの内包する文学性については別稿を起こそうと思います。