2025.07.06
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていますが、茹だるような高温多湿の工房の中で、創作のことを考えるのは何とも場違いな感じを持ちます。「近代絵画史」(高階秀爾著 中公新書)に続いて「芸術家列伝」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)を読んでいる私の頭の中はすっかり西洋美術一色になっていますが、そもそも芸術の概念について考えるのは、日本のこの気候の中では無理があるように思えます。芸術と言う概念を構築したのはヨーロッパであるのは疑う余地はありませんが、それが育った環境風土が、現在私がいる高温多湿の日本とは異なるのではないかと実感いたします。20代の頃に留学の目的で降り立ったヨーロッパは、夏であったにも関わらず、乾燥した涼しさがあり、当時も蒸し暑かった日本を抜け出し、快い気温と秩序だった街並みにホッとした思い出があります。嘗て読んだ「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)にこんな文章があります。「ヨーロッパにおける芸術作品の代表的なるものは、規則にかなえることを問題とせざるを得なかったほどに合理的な色づけを持ったものである。偉大なギリシャ人の天才が、一方に数学的学問を出発させるような素質を持ちつつ同時に規範的な芸術を作り出したということが、一つにはこの傾向を産み出したのであるかも知れない。」芸術を確固たる論理を持った概念として生み出したのは、ヨーロッパの置かれた地形や気候によるところが大きかったと考えられます。「ギリシャ的自然は従順であり明朗であり合理的である。」という前置きもありました。日本には秋になると芸術の季節という言葉がありますが、芸術概念の育つには爽やかな気候が最適なのだと思います。工房の蒸し暑さの中では、いくら素材に向き合っていても近視眼的にならざるを得ず、大きな捉えとして芸術を論理することは出来ないと感じました。