2025.07.17
「芸術家列伝1」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「フィリッポ・リッピ」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。「(フィリッポが)マルカ・ダンコーナにいたころ、ある日、友人たちと小舟で海に遊びに出たが、そのあたりを跳梁していたムーア人の海賊船に全員とっ捕まってしまい、みな北アフリカのバルバリーへ連れて行かれた。そしてそれぞれ鎖につながれて奴隷にされてしまい、そこでひどく難儀な目にあいながら18カ月を過ごした。しかしフィリッポ・リッピは親方といい仲であったので、親分の肖像を描こうという気まぐれを起こし、その機会に恵まれた。フィリッポは火の消えた炭を取ると、それでもって、白い壁にムーア風の服装をした親分の全身像を描いたのである。そのことは他の奴隷の口からたちまち親分の耳に伝わった。というのは、この地方ではデッサンも絵画も行われていないので、その肖像画は皆の目に奇蹟のように映じたからである。」フィリッポの悪癖について述べた箇所があります。「噂によると、このフィリッポはたいへんな女好きで、自分の気に入った女を見かけると、その女をものにすることができるなら、自分の持物はすべてくれてやるような男だった。またそうした手段で女をものにすることができないときは、女の肖像を絵に描いたが、それは絵を描くことによって自分の恋の焔を消すためであった。彼は色欲に溺れることのはなはだしい男で、そうした情にとらわれた時は、自分が手がけた作品にほとんど、あるいは全然注意を払わない始末であった。」絵画に関しては一流だったようです。「フラ・フィリッポはあらゆる絵において稀にみるすぐれた人であったが、小さな絵においてはとくにすぐれていた。というのは、そうした小さな絵をいかにも優雅に美しく描いたので、これ以上上手には描けないという域に達していたからである。そのことは彼が描いたどの板絵の裾絵を見てもわかることである。要するに彼は、その当時では誰にも凌駕されることのない傑出した画家であったし、今日でも彼をしのぐ人の数は少ない。それだからミケランジェロは、ただ単に彼をいつも褒めそやすばかりか、いろいろな点で彼を模倣した。」今回はここまでにします。