Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

週末 鑑賞に必要な知識
日曜日になりました。日曜日には創作活動に関するNOTE(ブログ)を書いています。幼い頃は、自分の感情に働きかけてくる音楽や映像を印象に留めて素直に楽しんでいましたが、学齢期になると、そうした表現を学ぶ機会がやってきます。私は昭和の教育を受けて育ったので、教師が言ったとおりに感じるように仕向けられていった節があり、全てのものに正解がありました。当時は自分自身で考えて答えを出す授業はなく、与えられたものをただ覚えるだけの授業で、そこで集団内の優劣がつきました。私が教壇に立った頃も、まだそうした傾向が残っていて、美術と言えども知識を問う定期テストを課していました。ただ、教壇に立っていた頃の私は、あらゆる美術の潮流を自分なりに解釈して、自分にとって表現とは何かを自分に問いかけていて、自己表現となる作品も作り始めていました。生徒の中にも美術の分からなさに関心を抱く子もいて、鑑賞の授業は矛盾だらけでした。そのうち私は授業から離れて管理職になってしまいましたが、恥ずかしながら中高生の鑑賞をどう扱うかという明確な方針を立てられていません。自分が理解したいと思った最初の作品は何だったか、記憶は朧気ですが、私は大学の工業デザイン科を志望していた頃に、抽象傾向の作品が気になっていました。バウハウスやドイツ表現派を理解したいと思ったことが、私にとって最初の作品群だったかもしれません。印象派や後期印象派はまだ私の理解の範疇にありました。理解を超えた作品は、ただ眺めていてもこちらに歩み寄ってくるものではなく、何か不思議なコンセプトがあるような気がしていました。これを自分なりに学ぶことで、作者の思考や感情が分かるようになることを発見し、そこから面白味が溢れ出してきました。難解で一筋縄ではいかない作品を、あれこれ考えるのは楽しいと思えるようになると、現代作品はある種の哲学なのではないかと思いました。鑑賞には漫然とした眺めではなく、知識が必要と改めて感じた次第です。