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「ミケランジェロ」について・7
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)の「ミケランジェロ」について、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。今回は建築に関する箇所です。「法王パウルスはボルゴの城塞構築に着手し、この会議に、アントーニオ・ダ・サンガㇽロともども、多くの貴顕たちを招集した。法王はミケランジェロも参加するように望んだ。フィレンツェのサン・ミニアートの丘周辺につくられた城塞が、ミケランジェロによる考案であることを知っていたからである。多くの議論ののち、ミケランジェロは自分の意見を尋ねられた。彼はサンガㇽロや他の多くの人たちと意見を異にすることを素直に述べた。それでサンガㇽロはミケランジェロに、彼の専門は彫刻や絵画であって築城術ではないと言った。ミケランジェロはこれにこう答えた。自分は彫刻や絵画のことはあまり知らない。だが築城術のことは長いこと考えたこともあったし、作った経験もあるのだから、知りもしないサンガㇽロや彼の一族のだれよりもよく知っていると思える、と。そして多くの人を前にして、サンガㇽロがその点で多くの誤りをやったことがあるのを指摘した。」次に本書の著者ヴァザーリが登場します。「法王ユリウス三世はこの年、サン・ピエートロ寺建造に関する法王パウルス三世の教書を認証した。サン・ピエートロ寺建造について、ミケランジェロはまたサンガㇽロ派の連中にひどい悪口を言われたが、法王はそんなことを何も聞こうとしなかった。実際の話、彼はこの建物に生命を吹き込んだのだと、ヴァザーリが法王に教示したのである。さらにミケランジェロの判断を仰がずには計画について何も進めることがないよう、法王に働きかけた。法王はそれを常に守った。彼の忠告を求めずにはジューリア別荘に何も作らなかったし、ベルヴェデーレでもそれに守った。そこには、ベルヴェデーレ中央の主壁龕にかつてブラマンテが制作した、それぞれに八段あって一方が進み登り、他方が内に曲り下る半円形のものに代わって、現在の階段が作られたのである。ミケランジェロがその計画を行ない、胡椒石の欄干を持つ四角形階段を作らせた。今日もそこにあり、非常に美しいものである。ヴァザーリはこの年、フィレンツェで『画家・彫刻家・建築家列伝』の書物を印刷しおえた。彼は生きている者たちの誰の伝記をも書かなかった。年老いた人でも例外ではなかった。ただし、ミケランジェロは例外であった。彼に一冊を献じたところ、彼はたいそう喜んで受け取った。」今回はここまでにします。