2023.11.17
「土方久功正伝」(清水久夫著 東宣出版)の第二章「死の影」の気になった箇所を取り上げます。第二章の冒頭に「死は、常に久功の身近にあった。」とありました。美術学校の同期生や学習院初等科・中等科を一緒に過ごした幼馴染も学生時代に他界し、久功に大きな衝撃を齎せています。久功が台湾に渡った時に、ともに台湾庁の仕事をした親友も亡くなってしまい、また親戚にも若くして亡くなった者がいて、まさに久功には死の影が纏いついていたようです。病死ならともかく自死もあって、寂寥とした気持ちを久功は詩歌や日記に書き留めていました。「久功は、『わが青春のとき』のなかで、20歳から23,24歳だった大正末の頃のことを、次のように述べている。『インテリ青年の間に多くの自殺者を出した一時期だった。私なども、こんな数年の間に、親戚知人で高校大学に在学中、または卒業間もなく、自ら死を選んでしまった者、数人を持ったものだった。私自身より二つ三つ兄貴格から四つ五つ弟分の間で、兄の高校の友人で私も親しくしていたSが自殺した。Sは理学部から大学へ行く時に文科に変わったのだったが、そういう傾向ももっていたのだろう。三つ年上の従兄も大学を出て、女房をもち子をなして自殺したし、弟のクラスだったS侯爵の長男も高校年齢で自殺した。そのSの従弟Jも大学生で自殺したし、私の父方の年上の従姉の娘Rも自殺していたし、母方の従弟Hも大学生で自殺した。そういう事実は雑誌や本よりもずっと切実に、私の思想とも言えない気持に、やりきれなさを迫ったのだった。』」まさに久功の周囲の同世代が、何らかの課題を抱えて自分を追い込んでいたとしか思えない状況です。そうした中で久功自身は精神的に大丈夫だったのか、私には気になるところです。