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新聞記事より「智慧の研究は…」
今日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「智慧の研究は、棺の蓋をするときに終るのだ。勝海舟」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「『道』について『必ずこれのみと断定する』のを自分は好まぬと、徳川の旧幕臣は言う。どんな道も『大小厚薄濃淡の差』がある。それらをあれこれ吟味し、上には上があると考えるのは愉快なこと。大仕事は、焦っても、その実現に期して地道に努力するだけでも成就しないし、それをなしうる逸材も、誰かが『製造』しようとしてできるものではないと。『氷川清話』から。」江戸時代から明治時代にかけて生きた勝海舟とはどんな人物だったのでしょうか。一般的に勝海舟は、江戸幕府崩壊の時に、西郷隆盛と交渉を行い江戸城の無血開城を行った人物として、ドラマなどでは偉大な好人物として描かれていることが多いようです。またネットには「スクリュー式蒸気軍艦『咸臨丸』で渡米し、海軍の育成に努めるまど、非常に革新的な考えを持った幕臣」と書かれていて、渡米に同伴した福澤諭吉の記録では、その人物像には複雑な一面もあったようですが、ともあれ才気あふれる人物だったことには間違いはなく、生涯を全うするまで広い視野で物事を考えられる人物だったのだろうと思います。私が注目した記述は「智慧の研究は、棺の蓋をするときに終る」という箇所で、人は終焉を迎えた最後の一呼吸まで思索を止めるべきではないと解釈しました。それは創作活動にも似ていて、自分が目標とする造形思考が道半ばであっても、そこで生涯が尽きてしまえばそれまでだと、私自身は決めています。つまり隠居という概念は自分にはないのです。「智慧の研究」とは良い響きを持つコトバです。私もずっと「智慧の研究」に従事していきたいと願っています。