Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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つむじ曲がりの楽しみ
「廃墟論」(クリストファー・ウッドワード著 森夏樹訳 青土社)の2つ目の章は「つむじ曲がりの楽しみ」という題がついています。この章では著者の出身であるイギリスの廃墟に纏わるエピソードが語られた後、イタリアのローマに話題が移ります。「20世紀になるまで、ローマを取り巻くカンパーニャ平野は、いわば聖なる島の周辺の、淋しいうらさびれた海岸のような所だった。1920年代にムッソリーニが干拓するまで、このあたりにはマラリアがはびこり、村々は打ち棄てられたままになっていた。元々ここはカエサルの時代、黄色のトウモロコシ畑が水平線いっぱいに広がっていた所だ。しかしゴート族が水道橋を破壊したために、洪水が生じて、畑は沼地に変わってしまった。17世紀から18世紀の間、カンパーニュ地方は見捨てられ、さびれはてた場所と見なされていた。例外は羊飼いと画家たちである。幅の広い葉や草に覆われた廃墟、それに牛たちに降り注ぐ日差し、その日差しの色合いを永遠にとどめたのが画家たちだった。ニコラス・ベルヘムやクロード・ロラン、それにコローなどである。」さらに英米文学を代表する小説家であるヘンリー・ジェイムズの文章をそのまま引用した箇所に注目しました。「ローマの周辺に広がる田園の路傍。そこで見られる習俗や歴史の痕跡、さらには過去の刻印など、そのすべてに触れて私は自分の感覚がわくわくしてくるのを感じた。もちろん私は、このようにありふれたものが訴えかけてくる力を、ことさら大げさに表現しているのかもしれない。しかしこれは実際、大いにその通りなのである。それもこれも、この力の出所が、古代のもめごとのすべてを知悉している天にあるように思えるからだ。『感覚を喚起させる』廃墟に遭遇して、それを喜ぶことは、何か熱情のともなわない暇つぶしのように思えるかもしれない。そして私は告白するが、たしかにこの楽しみには、どこかつむじ曲がりな調子がなきにしもあらずなのである。」今回はここまでにします。