2025.12.04
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第1章 16世紀における近代世界システムの形成と『世界文化市場』の成立」は6つの単元からなっています。まず最初の「1 世界市場の形成」を取り上げます。「フェルディナンドの跡を継いだカルロス一世(神聖ローマ皇帝カール五世)は、絶対主義権力とその手段である軍事と財政を手中におさめた。さらにまた、この時、ローマ・カトリック教会がルターの離反(1517年)と教会の分裂の危機を迎え、ヨーロッパにおいて失った信者を新世界とアジアにおいて獲得しようという対抗政策を立てなかったならば、キリスト教を軸とするヨーロッパ文化の世界進出という契機も生まれなかったのである。この鍵となるのは、スペイン、ポルトガルを主として、西欧世界が世界市場の獲得に進出する際に果たしたカトリック教会(教皇庁)と教皇の役割である。~略~ポルトガル国王、スペイン国王いずれもが自己の海外征服事業を正当化し、またその正当性を宣伝するために、教皇の精神的支援を求めた。いっぽう教皇側は、カトリック教会の拡大を計るために、かれらの征服に対してその正当性を証明した。~略~ポルトガルの布教圏内では、現地人の聖職者養成は基本的に支持された。これを推進したのは、日本の布教の中心人物だったアレッサンドロ・ヴァリニャーノである。彼は日本、中国における聖職者の養成を積極的に推進し、日本に司教を置くべきだと強く主張した。~略~彼がポルトガル布教圏に属していたことと、国籍がイタリア人であったこと、南アメリカの悲惨を報告によって知っていたことによって、日本における宣教は、新世界とはきわめて異なったものになったのである。日本史を変えた豊臣秀吉の禁教令再交布の直接の契機は、難破船サン・フェリペ号の『スペイン人乗組員』が口走ったスペイン的征服者の言辞が引き金だったといわれている。~略~サン・フェリペ号の積荷を没収されて怒った水先案内人のデ・ランダというスペイン人が、土佐の奉行増田右衛門に向かって『スペイン王の支配は全世界におよぶのだ』と威嚇した。そこで奉行は『どうやってそのような征服をやることができたのか』と聞いた。するとこの男は『最初に神父を布教に出し、しかるのちに、スペイン艦隊がくる、そして前もってキリシタンにしておいた信徒を使ってその国をスペインの領土にするのだ』と答えたそうである。この言辞はこの後ながくキリシタン迫害と排除、ついには鎖国の根拠ともなった言辞であり、征服を行なう意図のないポルトガル布教圏とは異質の理念であったにもかかわらず、キリシタン排除の戦略を練る秀吉によって格好の言質とされたものであった。」今回はここまでにします。