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「ロザリオの祈禱」について
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「2民衆の信心形式としての『ロザリオの祈禱』」を取り上げます。「ロザリオの祈禱とは何かについて検討しておきたい。これはラテン語の読み書きができない民衆が、ミサなどの教会の儀式に参加することができるように、11世紀頃から、神父がその祈禱の後に民衆が唱和することができるような、簡単なラテン語の章句を教えたことにはじまる。~略~1521年にドミニコ会のアルベルト・ダ・カステッロが主題を15に絞り、『マリアの喜び』『マリアの悲しみ』『マリアの栄光』を瞑想しながら、全部で150回のアヴェマリアを唱和する現在のような形式にまとめた。この簡潔でわかりやすい形式がヨーロッパ各地に普及し、それによって聖母信仰が民衆に一層容易に浸透した。普及の理由は、15種×10回という簡潔さと、単純な祈禱が無学の民衆に対して効果的だったからで、マリアの喜びや悲しみに共感しながら、『キリスト教の主要なドグマを精神に浸透させる容易な方法』となったからである。~略~いっぽう、ルターはこのロザリオの祈禱形式を強く批判している。それはロザリオのような外的な道具を用いて、いわば機械的に習慣的に定型化した祈りを繰り返すことは真の祈りではなく、『心にかかる事柄をとりあげてそれを真剣に求めるべきだ』とする。個人の信仰や祈りに関する両者の相違が明確にみてとれる。」本書は次にロザリオ教書「スピリツアル修行」の日本語訳を詳しく取り上げていましたが、ここは割愛させていただきます。「トレント公会議前後における聖母像擁護論は、民衆祈禱の力を借りて極東の島においても現地同様の鮮明さをもって普及させられていた。むしろ迫害を身近に感じる日本キリシタンにとって、これらの修辞学、すなわち、幼子イエスをもつ喜びから、迫害の苦痛と悲惨へ、そしてその後の歓喜の復活、昇天へのドラマは深く心にひびくものであったにちがいない。」今回はここまでにします。