2026.03.10
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第3章 ピクチャレスクと庭園」に今回から入ります。まず「1庭園論の礎石」を取り上げます。本単元ではウェイトリー「現代造園論」が中心になっています。「ピクチャレスクと庭園を考える際、まず最初に取り上げたいのはウェイトリーの庭園論である。~略~『序論』において著者の庭園論の基本が表明されているが、それは庭園は自然風であるべきことを推奨しながらも、人為性をより尊重するいう立場である。~略~木々を大きな塊として把握してその色彩を絵画的に描き出そうとする視覚的アプローチと、その塊の表面の粗さや滑らかさなどの多様性を感じ取る触覚的アプローチ、これら両方を彼は採用している。その上で、『何を植えるか、あるいは何を取り除くか』が決められるべきなのである。~略~『現代造園論』の風景の特徴は客観性と構図あるいは構成への配慮が優先されていることであり、その基本にあるのは鮮明な絵画的視点であるとまとめることができるだろう。『多様性の調和』の尊重は18世紀前半の自然観を継承しているが、ポープの時代にその背後にあった宇宙観・世界観をウェイトリーの描写において見出すことは難しく、そこでは殆ど視覚的、審美的な意味しか持っていない。この点においては、ギルピンのピクチャレスクの風景描写に極めて近い。~略~ウェイトリーの描写の特徴は視覚を中心にした客観性に留まるものではない。高度な客観性の他に、もう一つ彼の記述に特有であると言えるのは、対象の『性格』の尊重だろう。~略~廃墟が『表出』する『性格』には二通りある。『残存する建築様式や状態が表出する』、つまり現存の廃墟の視覚的外観が直接に喚起する『性格』と、廃墟がかつての姿を想像することから生じる『観念』即ち『性格』である。前者をウェイトリーは『変遷、老朽、荒涼』であるとする。一方、後者は目の前にはないものから想像力を働かせることによって得られるのであるが、特に廃墟がその姿が『不完全』で『曖昧』であるという『特質』を持つため、想像力が活発に働く余地があるという。~略~ウェイトリーの庭園風景は絵画に立脚した人為性が強調されたものだったが、その一方で彼はそれと対照的な『ワイルドな』風景にも惹かれていた。これら静と動という相対立する二つの方向性の共存は、すでに述べたようにピクチャレスクの風景の本質である。つまり、ウェイトリーの庭園風景はピクチャレスクであったと言ってよいだろう。」今回はここまでにします。