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「コテージ・コテージャーの理想化」について

「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第4章  ピクチャレスクと建築」に今回から入ります。まず「1コテージ・コテージャーの理想化」を取り上げます。「ピクチャレスクはコテージとどう関わったのだろうか。流行の初期においてコテージはピクチャレスク風景の重要な装飾の一つだった。失われゆくものへのノスタルジアはピクチャレスクの風景を支える一つの要素であり、コテージはその典型例である。つまり、コテージへの関心の高まりはイギリス社会の急速な近代化への反発という意味でピクチャレスクの本質と深く関わっていた。~略~グレイやギルピンの描写では、都会の贅沢対田舎の素朴さという二項対立の構図の中で旅先で出会った人々が好意的に捉えられており、クーパーの『神が田園を創り、人間が町を創った』という一文にもあるように、当時は産業革命の影響による都市部の環境悪化の中で田園の景観やそこに住まう人々は美化して表現される傾向にあった。~略~イギリスの歴史を振り返れば、清教徒・名誉革命を経たこの国は18世紀に入って繁栄の道を邁進し、海外にも進出する。国家の外への拡張に伴い、一方で国内の問題に関心が向かう正反対のヴェクトルも生じ始め、批判の矛先は国内に蔓延する悪徳や腐敗、さらには金銭欲に耽る新興商業階層にも向けられ始める。その『虚しく放蕩的で、利己的なめめしさ』はフランスから持ち込まれたものであり、その『めめしさ』やそれによる『国民の弱体化』をもたらしたものは『商業』や『貿易』とされていった。つまり、国家の危機は海外からもたらされたものとされたのである。他方、『無分別、贅沢、利己的めめしさ』に取り憑かれた人々の対極には、質素ながらも『身体的な力、忍耐、勇気、道義』を兼ね備え、外国からの破滅的な影響を免れた農業労働者の男性が置かれることになる。」今回はここまでにします。