2016.11.29
社会人となって30年以上過ぎましたが、職場で私はすっかり仕事上の顔をして、立場でモノを申すことに時間を費やしています。仕事には熱心に取り組んできたと自負しているし、私のような者でも背中を追ってくる後輩がいます。ただ、私はたとえ懇親会でも仕事の匂いがすれば素の自分を出しません。素の自分とはどんな自分なのか、創作活動をしていないとしたら、私はそんなことを考えることもなく自分自身をどこかで押しやっているのではないかと思うことが暫しあります。たとえ一時的な自己喪失感があっても、仕事が穴埋めをしてくれるから、そんな考えも出てくるのです。私の仕事には定年があります。仕事を退いたらどうするのか、退職者全員が直面することですが、私には公務員になる前から培った創作活動があります。それは素の自分を出す時でもあり、たまに幸福を感じる瞬間もやってきます。現在でも週末になれば素の自分に戻ります。創作活動の世界では自分は専制君主になり、時に暴君になり、素材の奴隷にもなって翻弄される時もあります。これは人に迷惑のかからない、昨今言われている「おひとりさま」の成せる技で、内面的には地獄から天国まで振幅の大きい精神世界に生きています。素の自分が住む世界は、社会システムからの解放がありますが、精神の深淵を覗き込むと、それはそれで大変な労苦を背負うことにもなります。素の自分でいたい時や素の自分でいてもっと生き甲斐を感じたい時には、チャランポランですまない生真面目すぎるナイーヴな自分がそこにいると常々感じています。