Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

「後七日御修法」について
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第四章 修業と秘儀から考える日本密教」の中の単元「後七日御修法」について気になった箇所をピックアップします。「日本密教にとって、最大の儀礼は、後七日御修法といっていい。この儀礼を、空海以来、1100年以上にわたってとりおこなってきた真言宗の表現を引けば、『一宗最高の厳儀』ということになる。~略~承和2年の正月八日に宮中真言院で、初めて後七日御修法がとりおこなわれる以前の状況はどうだったのかというと、奈良時代の中期にあたる天平神護2年(766)もしくは神護景雲2年(768)から、御斎会がひらかれていた。~略~空海はこう主張する。現在、御斎会において『金光明最勝王経』を講説しているのはありがたいことだが、残念ながら、顕教の立場からにすぎず、効果があがっていない。医学にたとえれば、苦しむ患者を前に、医学書をひもといて、あなたの病気の原因は何であるとか、この薬が良いとか、ただ単に論じているにすぎない。病気の患者を治すためには、処方箋によって薬を調合し、服薬させなければならない。その役割は、顕教では無理で、密教にしか実現できない。」ここで後七日御修法の真の本尊に関するものを拾います。「後七日御修法の真の本尊は室生如来になる。室生如来は金剛界五仏の一つで、その名のとおり、誰にでも分け隔てせず、宝の雨を降らせるように、その願いをかなえてくれる機能をもつ。~略~室生如来の儀礼は、ようするに五仏の力によるものだ。したがって、室生如来の儀礼を調伏に転換させると、五仏は教令輪身として五大明王に変容する。この五大明王を駆使すれば、国家や人民に苦しみをあたえる邪悪なる者どもを鎮圧できる…。」密教に関する講話はここまでで終わろうと思います。文面は細かい内容を伝える箇所もあり、NOTE(ブログ)には雑駁なことしか載せられませんでしたが、そもそも私自身が普段使い慣れていない語彙を咀嚼するだけで、結構な労力を使いました。これでも本書は分かり易く説明されていることは分かりました。それによって密教そのものの輪郭を辿るだけで相当複雑なことが理解できました。次章は「日本密教を知るための手引き」が掲載されていて、全国にある密教関連の寺院を紹介しています。次回は主だった寺院を挙げてみたいと思います。