2025.04.23
「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はシャガールの「私と村」とカンディンスキーの「印象・第四番」を取り上げています。まず、シャガール。「シャガールの『幻想』の持つ実在感は、彼が故郷の教会堂や農夫や動物たちに深い愛情を抱いていることに由来する。人は、愛する者が傍らにいない時、いっそう強く、いっそう鮮明に、そしていっそう慕わしくその姿を思い描くものである。シャガールはパリにやってきて、いっそう強く故郷に惹かれる自分を見出した。~略~この『私と村』がわれわれに教えてくれるものは、彼が生まれ、育った故郷の土地への郷愁と、パリに出てきてから学んだ新しい造形感覚だけではない。その両者の『幻想的』な組み合わせによって、それはシャガールというひとりの稀有の詩人の魂の本音をもわれわれに明らかにしてくれる。~略~赤や、青の華やかな主調色に彩られたパリは、シャガール自身の夢の世界にほかならない。そこでは、エッフェル塔やパンテオンと並んで、空を飛ぶ魚や、巨大な鶏、山羊、牛など、シャガールのお伽噺の国の動物たちもやはり登場してきている。かつて故郷のヴィテプスクの町の上を恋人のベラといっしょに飛んだように、彼は夢のパリを二度目の妻のヴァランティーヌと散歩する。古代ギリシャの神話によれば、ミューズの女神は記憶の女神の娘たちであったというが、シャガールにおいても、詩は回想に養われた時、最も鮮やかな映像世界を生み出す。」次にカンディンスキーです。「芸術家は、感覚を通して自己の魂の感動を表現し、見る者の魂に訴えるような『外的要素』を見出さなければならない。そして、ちょうど音楽において楽音が何ら現実の物音を再現していなくても聴く者の魂に訴えることができるように、色彩や形態もそれだけでじかに見る者に訴えかけることができる。ここで抽象芸術というものが、その成立の意識的根拠を得ることとなるのである。~略~1908年頃から第一次大戦前後にかけて、すなわち、抽象絵画の誕生の時期に、カンディンスキーの作品には、『印象』、『即興』、『コンポジション』と題する作品が、まるで連作のように繰り返し描かれるのである。ここまでくれば、われわれは、ここに取り上げた作品では、『松明行列』という具体的な題名よりも、『印象・第四番』という抽象的な題名の方がカンディンスキーにとってはずっと重要であったことに気づく。」今回はここまでにします。