Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

「機械文明への賛美と反撥」について
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第21章 機械文明への賛美と反撥」について気になったところをピックアップしていきます。ここでは未来派画家宣言を扱っています。「『われわれは、われわれの注意を運動しているものに集中する。なぜならば、われわれの近代の感受性は、速度の観念を把握するのにとくに適しているからである。われわれの都市の道路を走り抜ける重々しい強力な自動車、物語の世界のように華麗な光と色彩のなかにきらきら動きまわる踊子、興奮した群集の上を飛び去る飛行機…、深い感動を呼び起こす源泉であるこれらのものは、二個の梨やひとつのりんごよりもはるかに強く、われわれの持っている抒情的、劇的な世界の感覚を満足させてくれる…』このように新しいダイナミックな感受性に訴えたため、未来派の主張は、ただちに国境を越えてヨーロッパの多くの国々に大きな反響を呼び起こした。」ここで登場する形而上絵画。中心となっているキリコについて取り上げます。「その現実の『向こう側』の世界を表現するためにキリコが用いたのは、彼にとって意味深いさまざまのモティーフを、日常的な合理性の論理を越えたコンテキストのなかに置くことによって、思いがけない未知の領域を繰り拡げてみせるという方法であった。すなわち、そこでは、一見現実的に見える事物も現実の論理に支配されることなく、不思議な心理的衝撃に満ちた神秘の世界に属するものとなるのである。この手法は、後にシュルレアリスムの画家たちによって、明確な方法論として確立されるが、キリコの場合は、意識的なものというより、ほとんど詩的直観によって見事な成果を収めている。」次はダダ運動とデュシャンについて。「彼は、第一次大戦の勃発後、ニューヨークに渡り、ピカビアとともにダダの運動を積極的に展開した。1917年、ニューヨークではじめて開催されたアンデパンダン展に、陶製の便器をそのまま《泉》と題して出品した話はあまりに有名であろう。それはまた、既成のオブジェを利用する彼の『レディ・メイド』の最初の試みであった。」今回はここまでにします。