2025.06.25
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第23章 バウハウスとその周辺」について気になったところをピックアップしていきます。「『芸術のさまざまな異なった活動領域のあいだのあらゆる工芸的原理と芸術的原理との調和を回復し、それらを新しい構成という概念によってしっかり結びつけようとする』ことを目的として、ワイマールに国立バウハウスが設立されたのは、1919年のことであった。」バウハウスには個性的な指導者が多く集まっていましたが、その中でとりわけ有名だった2人の芸術家に注目しました。まず、カンディンスキー。「バウハウスにおける講義をもとに、バウハウス叢書の一冊として1926年に刊行された『点、線から面へ』は、対象を拒否した抽象絵画において、画面の構成要素はいかにして生まれてくるかという文字どおりの造形性の問題を分析したものであるが、かつてミュンヘンにおいて書かれた『芸術における精神的なるもの』(1912年)が、同じく抽象絵画論でありながら、芸術家の心の中にひそむ『内的必然性』を強調していたのに対し、ここでは、カンディンスキーは、最も基本的な要素である点が移動した時、その軌跡が線となり、その線が移動した時、面が生まれてくるという形態の段階的な発展を跡づけながら、それらがその『内的本性』の法則に従って画面に配置された時、構図が完成するという『造形性』の問題を追求している。」次にクレー。「友人のカンディンスキーとは違って、現実を通して幻想の世界を夢見ていたクレーは、時にほとんど非対象の画面を試みることはあっても、決して完全な抽象主義にまで至ることはなかったが、しかし眼に見えない世界に創造の根を持っていたクレーの画面に住んでいるのは、ルネ・クルヴェルが指摘するとおり、『魂の動物たち、知性の小鳥たち、心情の魚たち、夢の植物たち』ばかりであって、われわれはそこに、子供のように奔放で詩的な想像力が、厳しい絵画的構成のなかに作り上げた、かつて例のない豊麗なクレー自身の魂の天国を垣間見ることができるのである。」今回はここまでにします。