Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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週末 陽炎の風景に思う
日曜日になりました。日曜日は創作について述べていますが、高温多湿な工房の中で、今日は新作の陶彫制作に励んでいました。後輩の木彫家がやってきて黙々と木を彫っていたり、来週に迫った個展搬入のために業者が梱包された荷物を見に来たりしました。暑さは頭をボーとさせる反面、私にはざっくりした新作イメージが立ち上っていくのを認識することもあります。私は古代の出土品のように見える陶彫を使って、都市遺跡の発掘現場を何とか立体作品に昇華させようとしています。それは40年前に旅したエーゲ海沿岸に広がるギリシャ・ローマ時代の都市遺跡の発掘現場を見た時の、何とも言えない衝撃と感動であり、そこからあの情景を象徴する立体造形をどのように作っていくのか、私の挑戦が始まったのでした。時折思い出すのは、遺跡が山の中腹にあるトルコの小さな町で、モスクから拡声器で流れるコーランの祈り声が朝の目覚ましのように感じられ、町を闊歩する馬の蹄の音が騒々しかったことでした。その旅は1985年の8月から9月にかけての2カ月以上にわたり、安宿に泊まりながら遺跡をわたり歩いていましたが、残暑が厳しく肌が黒く焼けていました。日本と違い、乾いた暑さのためか太陽を遮るものがなく、日差しの強い中を時にはヒッチハイクをして遺跡に辿りついたのでした。現在の暑い工房の中で思い出すのは、そうした遺跡までの行程で、まるで陽炎のように揺らめく風景の印象です。またある日は宗教行事に遭遇し、大勢の信者たちが野外で食事をとっている場面で、食事を振る舞ってもらったことでした。宗教のことなど何も知らない私は、ただ馳走になって、イスラム教の情け深さを感じたこともありました。そんな中で創作イメージを捻りだした私は、あの時の陽炎の風景を忘れられず、猛暑の工房においても、創作行為が頭を擡げてくるのです。あれから40年が経ち、私のざっくりしたイメージは確実に具現化されてきていると感じています。