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「ミケランジェロ」について・4
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)の「ミケランジェロ」について、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。今回は「システィーナ礼拝堂天井画」の制作工程について取り上げます。「ミケランジェロはこの仕事の膨大さに助手を必要とせざるを得ないと考えたので、フィレンツェに人を求めにやった。そしてこの作品で、以前そこに絵を描いたことのあった画家たちが彼の労作の犠牲にならざるを得ないことを示そうと決心し、さらに同時代の芸術家たちに、いかに素描し、描けばよいか模範を示そうと考えた。それで、その仕事に取り組んだことは、彼の名声やその技術の内容を非常な高みへと導いた。こうしてカルトンが始められ、そして完成した。それからフレスコで賦彩しようとしたが、それまであまりやってこなかったので、フィレンツェから何人かの友人である画家たちが、ミケランジェロの手助けにローマにやってきた。彼らからフレスコで仕事をする仕方を学ぶためでもあった。~略~しかし彼らの努力の結晶も、彼の希望するところからははるかに隔たっているのを見て、満足させられるところではなかった。それである朝、彼らが作ったあらゆるものをぶち毀そうと決心した。そして礼拝堂にとじこもり、彼らを決して入れようとせず、家でも決して会おうとはしなかった。彼らとしても、冗談にしては行き過ぎに思えたので、提案を受け入れ、面目を失って、フィレンツェに帰ってしまった。それでミケランジェロは、この作品すべてを独力でしとげる決心をすると、労苦と研鑽に傾注してもっとも完璧な姿にしようとしたのであった。彼は決して人に会わないようにしていた。仕事を人目にさらさなければならない理由を与えないためであった。~略~半分ほど仕上がると、法王はミケランジェロのもうけた梯子に助けられて、なんどかそこを見に行き、それが公開されることを望んだ。生来、性急で辛抱できないたちの人であり、作品が完成すること、いってみれば最後の手が入るのを待つことができなかったのである。公開されると、すぐさまローマ中の人々が見に来た。法王が最初だった。法王には、足場を解体する際の塵芥をかたづけるまでの辛抱さえなかった。さらに、模倣することにかけてはいとも卓越しているラファエㇽロ・ダ・ウルビーノは、それを見てすぐさま自分の様式を変えた。自己の力量を示すために、すぐさまサンタ・マリーア・デㇽラ・バーチェ寺の作品の預言者と巫女を作った。」今回はここまでにします。