2014.09.11
「存在と時間 Ⅰ」に続き「存在と時間 Ⅱ」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)を読み始めました。またハイデガーの抜本的で詳細な理論に親しみます。既成概念を覆すように根気強く展開される存在論は、読む側にも根気を強いてきます。目次を見ると、第Ⅰ巻から続く第一編が途中から第二編に変わるのが第Ⅱ巻のようで、第二編は現存在と時間性が取り挙げられています。第一編と第二編を併せて第一部としていて、「存在と時間 Ⅲ」には第二部が出てきません。つまり第一部だけで終わってしまう「存在と時間」なのです。これは未完の哲学書ということが分かります。結論の出ない存在論ですが、起因動機や展開に見られる微細で大胆な論考としては20世紀を代表する大著であることに変わりはありません。「存在と時間 Ⅱ」に最初に出てくるテーマで自分が留意したものは情状性です。「恐れの対象、つまり『恐ろしいもの』は、そのときどきに、道具的存在者か、それとも共現存在かの存在様式をもった世界内部的に出会われるものである。」その恐ろしいものとは時に驚愕になり、戦慄になり、仰天にもなります。また恐れの変種として、尻込み、おじけ、気がかり、びっくりが挙げられています。それら了解を論じた後のまとめとして「情状性と了解とは、実存範疇として、世界内存在の根源的な開示性を性格づける。気分的規定性という在り方において現存在は、おのれがそれらのほうから存在している諸可能性を『見てとる』。」というわけです。続きを読んでいきたいと思います。