2016.11.28
今は空前の猫ブームです。それに倣ったわけではないのですが、我が家では数年前に捨てられていた子猫を拾い、トラ吉と名づけて育てています。普段の生活を観察していると、猫は一日のほとんどを寝て過ごしています。狩りに瞬発力を使うので、エネルギーを溜め込むために寝て、体力を温存しているのかもしれません。鳴き声を発するのは、人間に何かを伝えようとする時だけで、猫同士の会話では鳴かないといっても過言ではありません。猫が集まっていても無言でいる場合が多く、何かしら意思の疎通をしているのか、猫界に疎い自分にはよくわかりません。猫は飼われると人の見分けはつくようになって、私が仕事から帰るとトラ吉は玄関に迎えに出てきます。そのまま私の足元に絡みつき、私の前を歩いたり併走したりして、私が主人であることがわかっているような素振りを見せます。食事をあげる家内にもじゃれついていきます。猫の行動は人に媚を売っているように思えます。しかし、猫の風貌は知性を感じさせるものがあって、その眼でじっと見られていると、何事かを思考しているように思えます。夏目漱石が猫を「我が輩」としたのも分かります。偉そうにして自信たっぷりに闊歩する様子は、まさに学者然としているからです。そのうちトラ吉をモデルにして彫刻を作ろうと思っているうちに数年が経ってしまいました。猫の仕草をすっかり把握したので、実行に移すばかりですが、私は時間に追われていて、トラ吉のように悠然と学問や芸術を思索できる風貌が自分に未だ備わっていないのに気づきました。一日のほとんどを寝ていられる身分になったら、自分も猫をモデルに彫刻できるのではないかと思うこの頃です。