Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「対談 縄文人の知恵」より抜粋
先日、江戸東京博物館で開催中の「縄文2021」展に行き、図録「東京に生きた縄文人」を購入してきました。その中に同博物館館長の藤森照信氏と都立大名誉教授の山田昌久氏の対談記事の掲載がありました。展示を見た後で、これを読んで縄文時代に思いを馳せる時間を持ちました。対談は着る、食べる、祈る、住むという衣食住に纏わることがテーマになっていて、私が面白いと感じた箇所をピックアップしたいと思います。まず衣服に関する談話です。「縄文人は植物の繊維をいち早く利用して、布を作り、それをまとっていたと考える方が自然です。そういった証拠が圧倒的に多いんです。だから裸に毛皮をまとっていたのではなくて、繊維を編み込んだ布をまとわせていたんじゃないでしょうか。」次は食料に関する談話です。「弓を使っていたとしても、かなり近づかなくては倒せない。何人かで協力して追い込むか、人間のにおいを気づかせない落とし穴のような方法が必要なわけです。~略~(根菜類とか雑穀に関して)縄文人はいろいろな食料をシチューのようなごった煮にして食べていたようなんですが、最近の研究で、酸素とか窒素の同位体と呼ばれるものを頼りに、その内容物を調べ出したんですね。土器の内部についた付着物を調べることによって、これは木の実だとか、芋だとかといったことが、大枠で理解できるようになったんです。」次に祈りに関する談話です。「大がかりな作業をしてまでも、石組を作ってそこで祭祀を行なっていた例が、東京の多摩地区には残っています。~略~(耳飾に関して)民族誌から考えると若いうちに耳に穴を開けて、そこに付けていたようです。あるいは、歯を抜いたり傷をつけたりする抜歯のような慣習もそうなんですが、たとえば大人になった証だとか、子どもを妊娠した際の通過儀礼として、そのようなことを行っていたんでしょうね。」最後に住居に関する談話です。「縄文時代の住居の建て替えは耐用年数とは別の原理、たとえば縄文人の成人に伴う新築が考えられることになります。一方ではなぜ、そんな強度が必要だったのか。ひとつ考えられるのは、縄文時代の住居は1.6mとか身長に近いサイズで作っているから、小屋組みそのものが構築時には足場にもなるわけです。縄文の住居って実は、数人で共同で作り上げていく規模の構造体なので、この強度というのは、建物の強度ということだけではなくて、作り上げるときの強度も考えているのかもしれません。つまり縄文人は、構造にとどまらず、構築、施工についても理解していたんじゃないかと思うんです。」