Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

週末 溝が齎す空間について
日曜日になりました。日曜日には創作活動に関する話題を取り上げています。先日まで近代絵画史に纏わる書籍を読んでいて、改めて西洋美術が現在の自分を形成する上で、いかに大きな影響を及ぼしているか、とりわけ彫刻をやっている私には避けて通れないものがあることを実感しました。高校時代の最後になって急遽大学の彫刻科を志望した私は、空間の中に立体を構成している造形を一から学び、その骨格の関係性を木材と針金で作っていくことが新鮮であり、またその視点が育っていない自分は、他の学生より見劣りする塑造しか出来ないことが残念でなりませんでした。現在の彫刻科の学生は、さまざまな素材を使って、個性的な空間解釈を試みておりますが、私にはひとつのことがなかなか成就出来ないもどかしさがあって、他の素材へ眼が移ることはありませんでした。木材と針金で作った心棒に粘土をつけて筋肉の在り方を模索することで、私の4年間は終わってしまいました。そのモデリングでさえ上手くいかなかった私が、石彫によって美しい均整の取れた人体を彫り込んだミケランジェロを初めとするルネサンス時代の彫刻家や、さらに時代が遡ってギリシャ・ローマ時代の彫刻家は、一体どんな空間把握力や表現力をもっていたのだろうと、泣きたいくらいの信じられない気持ちになっていました。実際にそれを対面で見てみようとヨーロッパに旅立ち、イタリアやギリシャで見た人体石彫は、案の定私を圧倒していました。でもその時には、私に別の彫刻方法論が芽生えていて、西洋美術とはやや違う感性が育ち始めていました。それは平面的要素を含んだもので、レリーフ状の造形が私を捉えていました。ギリシャの遺跡で感じた土地全体にわたる大地に彫り込まれた溝による空間。それは土地の上に堂々と立つ石彫による人体や柱ではなく、溝が齎す空間とでも言ったらいいのか、大地を境に下に掘られたマイナス空間なのでした。そこを発想の根源として現在の私の造形が生まれてきたのだろうと述懐しています。