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新聞記事より「『知的廉直』を貫く」
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「予言者や煽動家は教室の演檀に立つべき人ではない  マックス・ウェーバー」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「教室は特定の政策的見解を述べる所ではない。教室では『事実をして語らしめる』こと、つまり事実の確定に徹すべきだとドイツの社会学者は説く。党派的主張は批判の可能な場でなされるべきで、教室では不都合な事実をも認める『知的廉直』を貫くこと。その言葉は論敵を斬る『剣』ではなく、思考の土地を耕す『鋤』なのだから。『職業としての学問』(尾高邦雄訳)から。」コメントの中に出てくる「知的廉直」とは「事実や論拠に対して誠実であり、都合の悪い事実もねじ曲げずに受け止める知的態度」というのがAIによる回答です。私がこの記事につい反応してしまうのは、嘗て教職に就いていて長い間演壇に立っていたからです。昔はほとんどの人が教職員組合に入っていて、支持する政党がありましたが、私はその頃から無党派で、学生時代に先輩たちが活動していた学生運動にも参加はしていませんでした。教員になってから学習指導要領に示された内容も吟味をしたこともありました。生徒たちに自らの信条を話すことは避けていましたが、幸い私は美術科だったので、中学校の社会科や高校の歴史綜合のような近現代史を扱うことはなく、寧ろ私が管理職になってから、社会科の授業では近現代史を先生方がどう扱っているか気になっていました。まさに時代が動いていて、今なお結論が出ていない事柄を、自分の主張を交えて生徒に伝えることは危険だと私は何人かの教員に伝えたことがありました。それこそ教育の現場では「知的廉直」を貫くことが賢明と私は考えています。思考の土地を耕す時期が過ぎれば、鋤を剣に持ち替える時がやってくるかもしれず、既成の概念に反旗を翻すこともあるでしょう。成長の過程には教室が不必要になると感じることもあるはずです。個人差はありますが…。