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手塚治虫の「ネオファウスト」
現在読書中の「西洋の没落」に度々登場するファウスト的魂とは、ゲーテが生涯を費やして描いた「ファウスト」に由来するコトバです。「ファウスト」には栄光と挫折、無上の愛と非情な罪という人間が抱え込むあらゆる課題が詰め込まれ、それでも未来を求めて生きようとする人間の意志が貫く壮大な物語です。私は「ファウスト」そのものは未だ読んだことがないのですが、歌劇やドラマ仕立てのものは観ていて物語の概略は知っています。手塚治虫の絶筆になる「ネオファウスト」はゲーテの「ファウスト」を下敷にした大変面白い漫画で、購入した日から虜になって一気に読んでしまいました。戦後の学園紛争、東京五輪の建設ラッシュを背景にして、生体科学の権威である学者が悪魔の力を借りて若返り、遺伝子研究で新生命の創造を画策する物語です。若返った主人公が企業家の養子になって巨万の富を手に入れ、また学園紛争の混乱に乗じて大学に入り込んで前世行っていた自らの研究に着手する物語を縦糸に、純粋な愛をもつ女学生との関係を横糸にしたストーリー展開になっています。女学生の兄は公安警察で、私には彼が唯一の覚醒存在として映ります。妹とつき合っている男に悪魔が憑りついているのではないかと兄が疑う場面があり、悪魔は悪魔で色香漂う女性として描かれているのも「ネオファウスト」の特徴です。第二部は未完のまま終わっています。コマ割りと台詞のみが残されている頁があり、物語に今後の波乱万丈な展開が期待されるだけに未完のまま残された原稿に無念さを感じます。ゲーテの「ファウスト」は解釈によって大変魅力的な側面を持っていると思います。人間に備わっている知的または行動意欲や心理が描かれているので、これを下敷に様々なドラマが創作できると考えられます。ただ、西欧的な契約やキリスト教的な精神には日本人として若干違和感を覚えますが、そこは手塚流アレンジによって巧みに処理されていて、手塚の創造力の凄さを感じさせられました。