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映画「モリのいる場所」雑感
先日、常連になっている横浜のミニシアターに「モリのいる場所」を観に行ってきました。画家熊谷守一(モリ)は97歳の長寿を全うした人で、その風貌からして仙人のように思われていますが、老境に差し掛かった画家はどんな暮らしぶりだったのか、自伝的な再現ドラマではないと謳っている本作は、監督やベテラン俳優たちが挑んだ、枠に囚われない生き方を示す映画だったなぁと思いました。モリと奥さんが住む木造家屋と庭は、夫妻の紆余曲折な人生を物語る雑多で雄弁な佇まいを見せていました。とりわけ庭に生息する小さな生き物たちの描写映像が素晴らしいと感じました。それを飽きもせず眺めている老画家の視線にも吸い込まれていきました。どこかのCMじゃないけれど、世の中は感動に満ちていると改めて思いました。熊谷家に集まる人物も個性的な人が多く、それらを全てひっくるめて、老画家が晩年に描いていた飄々とした「モリカズ様式」そのものだと私には思えました。主役を演じた山崎努さんがこんなことを言っています。「表現というのは『表すことではなくてしまっておくこと』で、それは今回のモリカズさんの”仮面”とも繋がっている。その秘匿している部分も演技の中に含ませられれば、厚みのある丸ごとの人間を表現できる。」表現は隠して仕舞っておくものという言葉は、単純な線と面に辿り着いた熊谷守一の画業とも合致するようで、肩肘張らず悠々自適で表現意欲に溢れたなモリを、丸ごと解釈して臨んだスタッフやキャストの心意気にも表れていたように思います。本当の意味で贅沢な時間とは何でしょうか。何かに囚われた生き方は、自分に何を齎すでしょうか。映画を観てそんな思いに駆られました。