Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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週末 もうひとつの塔へ
新作は陶彫部品の集合体による塔を2つ作り、それらが床で連結していくイメージがあります。塔の土台から根が這い出して次の塔へ繋がっていくのです。2つの塔の土台の床に接する広さはほぼ同じですが、高さが異なっています。先週末でひとつ目の塔の土台である6個の陶彫部品を作りました。現在、それら陶彫部品は乾燥を待っているところです。この週末からもうひとつの塔の土台を作り始めました。週末を数えると4個くらいは作れるかなぁと思っています。今日は朝から工房に行って土錬機を回し、手で菊練りを施して、40キロの土練りを行いました。そのうち座布団大の大きなタタラを6枚作りました。真夏の暑さとは少し空気が変わってきていますが、それでも30度を超える暑さの中で、汗を滴らせながら作業を行いました。シャツがびっしょりになって2回着替えをしました。明日の成形を行うための準備ですが、土曜日はウィークディ明けのため、疲労が残っていて身体が思うように動きません。今日のノルマを達成したら自宅でゆっくりしようと思っていました。夕方は母の実家に行く用事がありました。隣の家が建て替えをするため、境界線の立会いをお願いされたのでした。母が介護施設にいて動けないため、私が母の印を持って代行してきました。今日の作業はその時間を目指してやっていました。そのため3時前には作業を終わらせなければならず、掌で陶土を叩いてタタラを作る作業はかなり必死でした。境界線の立会いが済んだら、ぐったり疲れてしまって自宅で横になっていました。ソファで横になりながら、NHKで画家藤田嗣治の特集番組をやっていたので、ぼんやり見ていました。途中寝てしまったようで、所々覚えていないのですが、藤田ワールドである乳白色の裸婦像に会いたくなりました。私は藤田ワールドの中では最晩年に描いていた宗教画が好きで、一度フランスの教会にある藤田の遺作を訪ねてみたいと思っています。キリスト教美術は何故か私を虜にする要素があるのが、漸くこの歳になって解ってきました。実際に西洋で暮らしていた20代の時は、キリスト教美術は感覚的に馴染めないと思っていたにも関わらず、説明が出来ない不思議な気分です。ただし、私は師匠の池田宗弘先生のようにキリスト教をテーマにした作品を作ろうとは思っていません。新作における思索に特定の宗教は入ってきません。神の存在でさえ自分には明確な回答はなく、芸術は己がためにやっているのが正直なところです。