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note

藤田嗣治流「戦争画」について
先日、東京上野の東京都美術館で開催している「藤田嗣治展」に行ってきました。昨日のNOTE(ブログ)で全体の感想を述べさせていただきましたが、藤田ワールドは乳白色の裸婦像に留まらず、さまざまな絵画表現に踏み込んでいるため、別稿を起こすことにしました。今日は戦争画を取り上げます。「《アッツ島玉砕》は当初、陸軍が出品に難色を示したと伝えられるほど、戦争画としては異色であった。~略~『日本にドラクロア、ベラスケス、の様な戦争畫の巨匠を生まなければ成らぬ』という藤田の言葉は理解できる。ただ、『戦争畫といふものは、始めたら面白くて止められないですね』と語る藤田と、この《アッツ島玉砕》を重ね合わせた時、藤田にとって戦争画とは何なのかと疑問に思わざるをえない。~略~絵の女神に魅入られ、踏み越えてはいけない一線を越えてしまった藤田の姿が、《アッツ島玉砕》には窺われるように思われてならない。」(尾﨑正明著)これは図録に掲載されている戦争画に関する文章です。第二次大戦中に盛んに描かれた戦争画とは何だったのか、まったく戦争画に縁がない私には語れない分野です。私は戦後生まれで戦争の実態を知らずに育っているから、創作活動のテーマを戦争にしようという発想もないのです。当時の戦争画に多少嫌悪感を持っているに過ぎず、当時の世相や社会問題さえ理解できませんが、戦意高揚のために描かれた絵画と「アッツ島玉砕」は確かに異質なことは分かります。藤田は言葉通り、西欧の美術館に収まっている油彩による巨大な歴史画や戦争画を意識して「アッツ島玉砕」を描いたのではないかと察するところです。これが面白いと言っているのは絵画的な面白さであって、題材に対してではないと考えますが、不謹慎とも取れる発言に当時は反感を買ったのではないでしょうか。「アッツ島玉砕」は西欧の巨大絵画に比べても遜色のない表現力を持ちますが、テーマがテーマだけに複雑な思いに駆られるのは、戦後生まれの私にも感じるところです。