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映画「世界で一番ゴッホを描いた男」雑感
先日、横浜にあるミニシアターで上映されていた「世界で一番ゴッホを描いた男」を観てきました。これは中国深圳市大芬(ダーフェン)にある世界最大の油画村を舞台としたドキュメンタリー映画でした。油画村では街全体が複製画制作工房になっていて、約1万人の画工がいると言われています。私はまずこの環境に驚きました。図録によると「複製画のみを手がける絵描きは『画工』と呼ばれ、『画家』と呼ばれるには公募展に3回入選しなければならない。『画家』になると専用の住居に格安で入れるなど優遇政策がとられている。1万を超える絵描きが暮らす大芬で、『画家』の称号を手に入れたものは300人もいないという。」とありました。映画の焦点はゴッホの複製画を20年も描き続けた画工に当てていて、その暮らしぶりも紹介していました。評論家の一文によると「一枚一枚が〈オリジナルな〉複製の大量生産という奇妙で独自の形式が人的資源膨大な中国の底知れなさだ。かれらの複製画産業が、従来の〈贋作〉の概念自体を変えてしまった。本来は闇の中でひそやかにおこなわれていたものが、キッチュな過剰な光のもとに産業化され、オープンなものとなってしまったのである。」(滝本誠著)ベテランの画工は、まだ一度も見たことのないオリジナルのゴッホ絵画を見たいと切望し、オランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館に出かけることになります。そこで見た本物に衝撃を受け、さらに自分の複製画が高級な画廊ではなく、観光客相手の安っぽい土産物屋で売られていた事実を知り、愕然とする場面がありました。彼はゴッホの魂に憑かれたようにゴッホが滞在した病院やカフェや墓を訪れ、ゴッホのように自分だけの絵を描こうと決心したのでした。中国に帰国した画工は、故郷の風景や祖母を描き始めました。でも画風は相変わらずゴッホ流で、オリジナリティはそう簡単に身につくものではないことは私も実感しています。それでも遅まきながら始めた自己表現に私は不思議な安堵を感じました。映画では画工の娘が親の都市戸籍問題で、父の田舎に残され、そこの方言が分からず学校で苦労している様子が描かれていて、現代中国社会が抱える課題が垣間見える場面もありました。画工であれ何であれ、制作を通じて無垢な魂を持った人々に心を打たれた映画であったことは確かでした。