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平塚の「荘司福・荘司喜和子展」
先日、平塚市美術館で開催中の「荘司福・荘司喜和子展」に行ってきました。日本画家荘司福は92歳まで生き、日本画の世界では重鎮であったことを私も知っていました。晩年の風景画をどこかで見て、その端正で奥深い世界に感銘を受けたことが思い出されます。同じ日本画家荘司喜和子は、今回の展覧会で私は初めて知りました。新たな時代の抽象化した日本画の世界に真摯に取り組んだ精神性に驚きました。2人は姑と嫁の関係であったようで、荘司喜和子は惜しまれて39歳の若さで逝去しています。2人の間には表現こそ異なりましたが、写生を通じて何かを掴むという共通した認識があったことが伺えて、見ていた私は複雑な心境になりました。図録によると「荘司福は自分の作品は自分の肖像画であると言う。それは荘司福が描こうとしたのは、客観的な風景などではなく、彼女が感じた哲学的な風景であり、それは彼女の本質を伝えるものだからだと思う。荘司福は日本画家には、否日本人には珍らしく哲学的瞑想をし、それを絵画化する人なのであった。」(草薙奈津子著)とありました。一方で荘司喜和子はこんな風に述べられています。「喜和子が、写生の段階で目に見える光景を面的にとらえ、自然の様相をシンプルな形態に還元していること、その上で、ひとつひとつの形態に加除修正を加え、自在に組み合わせて画面に配置している様子が見て取れる。~略~また、写生的な描写によって対象の本質を表そうとする油彩画とは異なり、日本画は、入念な写生を繰り返すことで対象をシンプルな線と形態に還元し、その核心に迫ろうとするものである。不要な部分を省き、簡潔な形態把握を行うという点で、モチーフを抽象化しやすい傾向を内包していると言えるだろう。~略~写生を突き詰めて形態を獲得する福とは異なり、喜和子は、モチーフと相対したときから対象を色と形で捉え、そこから抽出した色と形態を組み合わせて作品を制作している。」(家田奈穂著)2人の画家の間にはどんな会話があったのか、単なる姑と嫁の関係ではないものがあったのでしょうか。そんな気配を感じさせる展覧会でした。