Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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マン・レイの「破壊されるべきオブジェ」
先日見に行った千葉県佐倉市のDIC川村記念美術館で開催中の「マン・レイのオブジェ展」。展覧会のポスターになっているメトロノームを使った「破壊されるべきオブジェ」は、メトロノームの先に目の写真を貼り付けたもので、品のよいオブジェと私には感じられました。これはどのような背景で作られたモノなのか、しかもこの題名に秘められたものは何なのか、米国出身のマン・レイがパリで生活を送るうちにモノの価値転換があったと考えられます。このエピソードを語っている文章がどこかに掲載させていないか、図録を確認したところ、こんな文章がありました。「《破壊されるべきオブジェ》と名付けたメトロノームを『絵を描くときには作動させていた』彼は、カッチ、カッチとリズムに合わせ、観客の役割もメトロノームに求めながら、ある日、止まった後も描いてしまったので、『すばやく描いて自分を繰り返さない』とする原則が崩れ、『沈黙が耐えられず』メトロノームを粉々に砕いてしまった。」というもので、彼は極めて個人的な事情で題名をつけたようです。「市販のメトロノームと目の写真の出会いは題名を付されることで、マン・レイのオブジェからシュルレアリスムを象徴するオブジェとなった。ありふれた工業製品にクリップで留めるだけの作業、印画紙にもこだわらない態度は、題名の重要性を改めて認識させる。《贈り物》の沈黙と対照的な饒舌といえるほどのメトロノームの氾濫は、ジャズの国で育ったマン・レイの素直な感情表現だと言える。不協和音にアドリブが入る仕様はマン・レイの仕事そのもの、曲をまとめるベースの役割をメトロノームがはたしたとするのは言い過ぎだとしても…。」(引用の文章は全て石原輝雄氏)引用の文章に出てきた「贈り物」とは、マン・レイのもうひとつの重要なオブジェであるアイロンのことで、その裏側には鋲が13本接合されたモノです。この「贈り物」と「破壊されるべきオブジェ」がマン・レイの代表的なオブジェですが、展覧会場で私が驚いたのは、それらが複数制作されていたことです。これは20世紀芸術で流行ったマルティプル・アート(複数芸術)と言えるのでしょうか。オリジナルという概念が崩される前は、たとえば版画や鋳造彫刻の既成概念があったのですが、マルティプル・アートはそれに限らず、20世紀になってさまざまな表現に取り入れられたのでした。現在のオブジェに対する考え方は広範囲になっていますが、マン・レイが生きた時代では前衛芸術表現であったと言えます。