2024.07.30
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅰ 抽象芸術の本質と性格」の前回の続きとして、気になった箇所をピックアップいたします。ここでは宗教に関連した論考が述べられています。「宗教的思惟はしばしば『神的なもの』を『数』のかたちとして把握し、また宇宙の秩序を、数的関係の上に立てられたものとして、あるいは、数学とか幾何学の形で現われるものとして考えたのではないか、ということである。神とはある種の『完全な形式』、『完全な関係』のことであり、自然はこうした『完全な形式』、『完全な関係』をおのれ自身のうちに映す度合に応じて『神的なもの』に近づくのである。こうしてピュタゴラス学派の超絶論が生まれ、プラトンを通じてギリシャ人に影響を与えるとともに、のちにはプロティノスを通じて中世およびルネッサンスのキリスト教思想に影響を与えたのであった。こう見てくれば、当時、人が探し求めた『聖なる比例』なるものもけっして誇張ではなく、人が神に遭遇できるとの期待をもつのは数学の道の上においてなのだ。『聖数』や《黄金比例》に通じた芸術家は、神的存在そのものであれ、世界の神聖な秩序であれ、すべてこうした聖化された『数』や全能な比例に対応する形態によって表現するだろう。~略~純粋に抽象的な芸術は、たとえ知性にのみかかわっている場合であっても、言葉の本来の意味で宗教的でありうるし、さらに建築や幾何学の分野においては、神聖の概念さえ担うことができるのである。これは感覚や感情に訴えて感動を起こさせようとする芸術にあっては不可能なことだ。そしてこれはとりわけ高度に精神的な文明、つまり神の全能と数の全能とがそこでは同じものである宇宙の《数計算》のなかに、神的秩序の概念を読みとる能力をもった文明に関して言えることである。」本書を読んでいると、西洋文明一辺倒で偏りのある論考に、内心穏やかでない自分に気づきますが、後でイスラムやその他の文明についても取り上げているようで、私自身本論をどうのこうの言うのは時期尚早と判断しました。今回はここまでにします。