2025.02.24
先日、東京丸の内にある三菱一号館美術館で開催されている「ビアズリー展」に行ってきました。19世紀末にイギリスで活躍したオーブリー・ビアズリーは1872年に生まれていますが、幼少期からの結核が進行して、1898年に25歳のいう若さでこの世を去りました。脚光を浴びてから僅か数年の活動時期で、ビアズリーは夥しい数の作品を制作しました。本展の展示作品で、私はビアズリーの「サロメ」の挿絵にただならぬ気配を感じ取りました。「サロメ」の解説を図録からピックアップいたします。「世紀末の唯美と退嬰の象徴となった『サロメ』。聖書では、淫乱な王妃ヘロデヤが自分の悪行を言い立て糾弾する預言者ヨハネの首を、客人のもてなしに王の要請で踊った娘サロメへの報酬として要求する。『マルコによる福音書』ではー王は少女に『欲しいものがあれば何でもいいなさい』といい少女は母親に『何を願いましょうか』というと、母親は『洗礼者ヨハネの首を』といった、とある。ヨハネを誘惑する妖艶な美女サロメのイメージは聖書にはまったくない。~略~ビアズリーのサロメは悪魔的でヨカナーンは少女のような細身の美少年だ。サロメはその美の虜になるー『お前のからだは野に咲くユリの花のよう…ユダヤの山に積もる雪のよう…アラビアの女王の庭の薔薇もお前のからだほど白くない…』。ワイルドが描いた聖ヨハネ(ヨカナーン)の美をビアズリーはさらに強調し、おそらくは自分の理想とする美青年像に引きつけて描いた。」(河村錠一郎著)オスカー・ワイルドは聖書の記述を脚色して大胆な「サロメ」をイメージしましたが、挿絵として描いたビアズリーの世界はさらに進んだものになり、大衆に話題性を提供したようです。スキャンダラスな世界観が独特な装飾を伴って表現されていて、これは現代でこそ認知された表現ですが、当時としては頽廃的で、人の心理に働きかけるには十分なブラックパワーを持っていたと推察されます。ワイルドによる名声を失うほどの騒動を起こした煽りを受けて、ビアズリーも仕事を失う羽目に陥りました。そんなエピソードを含めて本展に展示された作品の数々は、流麗な闇を抱えた世界を覗かせていて迫力があったなぁと私は感じました。