2025.09.10
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)の「ミケランジェロ」について、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。ミケランジェロの最晩年に関する記述が多く、著者ヴァザーリとの関わりが濃厚だったことがよく分かります。「サン・ピエートロ寺建造に、ミケランジェロは17年間費やした。そして、なんども監督たちは彼から支配権を奪おうとした。それが成功しなかったので、彼らは今度はこの手、今度はあの手と、あらゆることで彼をおさえつけ、彼がすでに年老いてなにもできず、困惑して引退するよう計った。そこには監督官としてチューザレ・ダ・カステル・ドゥランテがいたが、このころ彼が死んで建造工事が進んでいなかったので、ミケランジェロは適切な人物を見出すまで、若手だがたいそう有能な人物であるルイージ・ガエータを派遣した。監督たちの一部はなんども、ナンニ・ディ・バッチョ・ビージョを置こうと画策した。ナンニが彼らをせきたて、さまざまなことを約束したからであった。そして建造仕事で自分勝手に采配を振るうことができるよう、彼らはルイージ・ガエータを解雇してしまった。ミケランジェロはそれを聞きつけていささか腹を立て、もはや建物のほうには出向くまいと思った。それで彼らは、彼がもはや能力がなく、代わりが必要である、もうサン・ピエートロ寺には関わりたくないと言っていた、と吹聴し始めた。すべてがミケランジェロの耳に入った。~略~彼の死の1年ほど前、ヴァザーリはひそかに、コージモ・デ・メディチ公がその大使のアヴェラルド・セㇽリストーリ氏を介して、法王に働きかけるよう奔走した。ミケランジェロがたいそう衰弱しているとわかったので、周りにいる者や彼の家に働いている者の、より熱心な世話と気づかいを必要としたからである。また、老人にありがちな、なにか急な事故でも起こったら、衣類、素描、カルトン、模型、金、その他、彼の持ち物一切は、死の際には財産目録に記され、サン・ピエートロ寺建造に供するよう保管される用意が必要とされたからである。もしサン・ロレンツォ寺聖具室や図書館、正面のために、なにかそれに関わるようなものがあっても、よくある持ち去りがないようにするためであった。この配慮はやはり有益であった。すべて最後には実行されたからである。」今回はここまでにします。