2025.12.22
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第3章 イエズス会のアジア布教とその美術政策」は3つの単元から成っていて、今回は「2イエズス会の美術政策」について取り上げます。「彼(イグナティウス・デ・ロヨラ)は聖書の事件を歴史的にも空間的にも彷彿とさせるように福音書の挿絵を描くことが修行にとって重要だと考えていた。そのために絵画にとってもっとも重要なことは『場の設定』であり、教義的にも歴史的にも正統的な人物とその配置を構想することが必要だと考えた。おそらく過去の聖人のなかで、福音書を正確に図解することを真剣に考えた者は彼以外にはいなかったであろう。~略~この絵画聖書は、聖母の『受胎告知』に始まり、『聖母の被昇天と戴冠』で終わる。この聖書が実際のイエズス会の聖堂の装飾と密接な影響関係をもったことは、イエズス会の本拠であるローマのジェス聖堂の壁画との同主題比較で明白に証明される。」そうした絵画聖書の歴史的意義が次に述べられています。「第一に、イエズス会、オラトリオ会などの新興信心会は、霊魂の救済における画像の意義を知り、それを修行と布教の有効な手段として活用した。第二に、教科書となるような『イメージ』、神学的、教義的に正統な図像のモデルを版画で制作し、それを流布させて、積極的に新たな宗教芸術の再編を行なおうとした。この代表的な例がナダールの《エヴァンゲリア》であり、それは書物の形であれ、フォリオの形であれ、ヨーロッパや布教各地のイエズス会根拠地に送られた。オラトリオ会も小冊子を印刷し、その一部が確実に日本に来た証拠がある。~略~プロテスタントの先駆者であるエラスムスは画像そのものを否定し攻撃したばかりでなく、これを異教の名残であるとさえ言った。彼は、福音書の典礼はキリスト自身の教えからはじまるべきであり、『受胎告知』から開始するべきではないと主張し、それはカトリック側の神学者との大論争になった。ナダール、カニシウスによる聖母の『受胎告知』図像はその反論を射程にいれての巻き返しであった。」今回はここまでにします。