2026.01.18
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は一般的な創作活動ではなく、自らの創作活動を振り返った時に忘れない人について書こうと思います。声楽家であり叔父でもあった下野昇が87歳で亡くなって、今日は三回忌を迎えました。叔父は家内の親類で、私とは血縁関係はありません。私が家内と付き合っていた20代前半の頃に、私には初めてとなるオペラ「カルメン」を観ました。二期会主催の和製歌劇で、その時準主役をやっていたのが将来叔父となる下野昇で、指揮者は小澤征爾氏でした。家内に付き添って楽屋を訪れた時に、下野昇の隣りに小澤さんの楽屋があって、ひょっこり顔を出した小澤さんに私を紹介してくれました。外国に行くなら首からパスポートをぶら下げて行けと小澤さんに言われたのが、小澤さんと会話できた最初で最後の機会でした。その後、下野昇は正式な叔父となって私の個展にも来て、助言をしてくれたばかりでなく、作品の購入もしてくれました。私はクラシック音楽をよく聴くようになり、叔父のリサイタルには必ず出かけました。自己表現者が自分の親戚にいることに私は勇気づけられて、こういう環境はなかなかないだろうなぁと思っていました。私がウィーンの美術アカデミーに在籍していた時も、歌劇場の立見席にせっせと通い、音楽と舞台美術を堪能したのも、そうした環境あればこその出来事でした。当時、音楽は元々抽象であり、人の心に刺さるものだなぁと私は感じていたことがあり、自分が模索している造形美術にも少なからず影響があったかもしれません。毎晩歌劇場の立見席にいると、無調音楽を聴く機会があり、シェーンブルクやベルクの居心地悪いオペラが、時として刺激的になり、立ち現れる音響空間が私の心を震わせる瞬間がありました。造形美術もそうした立ち現れる空間を創出することが出来るのではないか、都市空間や遺跡を利用して空間演出をしてみる方策が私の中に生まれました。今日の叔父の三回忌で、そんなことに思いを巡らせ、故人を偲ぶ時間を持ちました。