2014.10.23
「詩を書くということ-日常と宇宙と-」(谷川俊太郎著 PHP研究所)を読み終えました。あっという間に読んでしまいました。文中の印象的な箇所を選んで書き出しました。「詩作品を中心にして考えると、やや衰え気味なんだけど、詩情というふうに考えると、あらゆるところに詩が浸透しつつある時代だと思えるんですね。だから、散文的なきつい現実と、それをどういうふうに対抗させるかみたいなことを、みんな本能的にやっているようなところがあるんです。~略~時代がどんなふうに殺伐としようが、どういう時代になろうが、詩情を求める人間の魂の傾向っていうのは、僕はなくならないと思うんです。~略~非常に過酷な現実に対しての詩情の力ってものが、非常に微少な力だけれども、暴力、財力、権力という強大な力に対抗する、ひとつの『よすが』になると考えているんですけどね。」私が詩に興味を覚えた高校時代は、語彙が組み合わされ、そこに不思議なイメージが表出することに純粋に感動を覚えていました。社会人になって組織に取り込まれて息苦しくなっていた頃は、現実逃避として詩を枕辺に置いていて、週末は夜もすがらイメージと戯れました。現在へ続いている造形のイメージはそんな詩魂が背景にあるのかもしれません。現実に正面から向かい合えるようになった現在でも周囲からの圧迫に対し、心のよりどころを見つけていて、それが週末にやっている彫刻制作なのです。強大な力に対抗する「よすが」は、自分にとって生きる支えになっていると言っても過言ではありません。