2025.02.12
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第三章 マンダラの理論と実践」の中の単元「両部不二」について気になった箇所をピックアップします。「胎蔵と金剛界という宇宙観(ないし世界観)、もしくはそれを図画した胎蔵マンダラと金剛界マンダラを、日本密教では同じ真理の二つの局面と解釈して、壮麗な宗教哲学の体系を築き上げてきた。この考え方を『両部不二』という。二つのものは、じつは二つではない、つまり一つという考え方である。~略~胎蔵の典拠となる『大日経』と、金剛界の典拠になる『金剛頂経』は、まったく別の系統の経典である。成立した時代も、20~30年くらいずれる。成立した地域も異なる。ようするに、両者のあいだに交流はなく、思想的な脈絡も乏しい。修業にまつわる考え方一つをとっても、『大日経』は段階的で時間を重視するが、『金剛頂経』は無段階的で時間を重視しない。いいかえれば、『大日経』はまだ大乗仏教的だが、『金剛頂経』は完全に密教的である。」この二つの異なるものを一つにしたのが中国の僧である恵果です。「恵果は両者を統合するにふさわしい立場にいた。彼自身は不空の愛弟子で、金剛界系の密教を師から由緒正しく継承できた。中国に胎蔵系の密教を輸入した善無畏の弟子にあたる玄超から、胎蔵系の密教をも継承できた。かほど恵まれた境遇にあった密教者は、同時代にはいない。恵果自身はすこぶる実践的な人物で、残念ながら、著作を残さなかったため、その思想を文献のかたちで検証することはできない。しかし、恵果の弟子の空海が両部不二の宗教哲学と両部曼荼羅を日本に持ち帰っている事実から推測して、恵果のほかに両部不二を構想した人物はありえない。」本単元で「第三章 マンダラの理論と実践」は終了します。前にも書きましたが、教職に就いていた時に修学旅行引率で行った東寺や他の密教寺院で見た両部曼荼羅に惹かれ、その謎を解いてみようと思ったのが本書を読む契機になりました。私が学生の頃に母校の先輩に曼荼羅を現代風に描く画家がいて、個展を見に行きました。画家前田常作の世界は青く美しいもので、その頃は仏教的なテーマが理解できず、ただその美しさを堪能しただけでした。