Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

週末 抽象化への過程
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今回取り上げる内容は、抽象化への過程というもので、自分の作品へのアプローチを踏まえた在り方を述べようと思っています。私の作品は廃墟となった建造物を原初イメージとし、それを彫刻作品として自分なりに昇華させたものです。非対象とも非具象とも呼べないものですが、作品化する過程で幾何学的な形態がいつも頭にあります。最終的に出来上がる形体は立方体であったり、直方体であったりしますが、最初に抽象形態ありきでは私は考えていないのです。彫刻を学び始めた頃は人体塑造ばかりをやっていましたが、ヨーロッパ滞在を契機に対象は人体から建造物に変っていきました。その導入からしても、まず具象からイメージを発するのが私のやり方で、眼の前に浮かぶ風景は、たとえば古代遺跡であったり、在りし日の父と造成した庭園であったりしています。物体が点在する空間があり、そこに配置するモノが私にとって立体造形なのです。一時的にイメージを頭に留めておくために、私は紙に鉛筆でエスキースを書くこともありますが、何本も線を引いているうちに次第に線は整理されて、幾何学的形態に辿り着くという過程を通ります。実はあまり下書きをしない私でもあれこれ考えているうちに抽象形態になっていくというのが自然の過程で、これは具象からキュビズムに発展して、そのうちに純粋抽象になっていく近代美術史を、私は自分なりに辿っているのだと改めて発見しました。世界で興った美術的潮流は、私個人の 抽象化への過程でもあるのです。時にキュビズムで思考を止めてしまうこともあります。私の最終プランがこれでよいと納得すれば、私の過程はそこで終了します。自分が求めているものが時代の革新とは関係ないこともあるからです。広がる美術的視野のどこを切り取って、自分のものにするのか、自分にとっては自由であるべきで、現代に生きる上で幸いと考えるのはその選択肢が多いことが挙げられます。