2026.04.14
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「終章 ラグルズ『ピクチャレスク農業』」を取り上げますが、これが本書最後の章になります。「彼(ラグルズ)によれば、小麦が豊かに実って波打ち輝いている畑の光景は『画聖』クロード・ロランの描くローマの風景の前景と変わるところがない。また、耕作地の景観に関して重要なのは季節の変化による多様性であり、そこから『我々の生活の至福』のみならず『最も偉大で最も自然な景観美』が生じる。ここでは、風景の有する時間的、精神的意義への言及が注目される。ラグルズは、『地の霊』ならぬ『土壌の霊』という言葉を使って、耕作地に関しては全て『土壌の霊』に相談すべしと説く。そして、どんな土壌も季節による変転を好むとし、その変化がピクチャレスクにつながると言う。~略~ラグルズが農地の日常性の中に美を見出そうとしたことは価値判断の主観化やそれに伴う風景観の多様化・複層化が生じ始めたことを示していると言えるが、これはピクチャレスクの美学におけるパラダイムの変化を示している。ピクチャレスクは当初、特定の風景を恣意的に切り取って二次元的な『眺め』とでも言うべきものに還元して鑑賞する体験だったが、18世紀最後の四半世紀あるいはそれ以降の流行期間の中で変質してゆく。本書の中で見てきたように、それは自然の中を歩き回り、個別の事象を視覚・聴覚・触覚で感じ取り、『醜』も含めて審美対象とし、時間の流れの中で対象の変化を捉えるようになっていった。」本章はここで終えますが、著者が「あとがき」で伝えている箇所を引用いたします。「絵画から始まって、やがて観光や庭園、さらには建築といった分野にまでピクチャレスクの影響が広がっていったことに注目することで、私は研究対象を拡大、あるいは拡散して来た。」とありました。イギリスにおけるピクチャレスクの美学が幅広く浸透してきたのを、私は日本人として羨望の眼差しで眺めていました。それは何故か、画一的で利便的な住居空間、または環境に対して、工夫を凝らすことで芸術性に溢れたものにしてゆくことは日本でもやってきたことですが、それに関する日本の研究書が少ないために、私はイギリスに羨望したのでした。その結果、私たちの意識が薄いことに気づいたからです。そうであれば、何か芸術性に関わる重層的な考察が日本にも根付くことを願ってやみません。