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「結論の試みーピエロとフーケ」について
「ピエロ・デッラ・フランチェスカ」(アンリ・フォション著 原章二訳 白水社)の「第10章 結論の試みーピエロとフーケ」についてのまとめを行います。この章で本書は終わりますが、最後に付録があります。この章では国籍の違う画家に関する記述がありました。ピエロとジャン・フーケです。「まず最初に、二人の生まれた環境がまるでちがう。ピエロはイタリア人であり、あの驚嘆すべき都市国家のなかに生きるという特権を享受した。~略~どう見ても僻地としかいいようのないボルゴ・サン・セポルクロ気質を捨てることができず、いつまでも偉大な田舎者であることを脱しえないままに、フィレンツェ、ウルビーノ、リミニ、フェラーラという諸都市で時代の空気に触れたのだ。~略~これに反してフーケはフランス人、しかもロワール河流域育ちの典型的なフランス人である。~略~フーケの生きた場はトゥール、そしてパリだった。パリはすでに数百年前から首府であり、外国からさまざまな文物が流入していた。にもかかわらずそのパリは、時代の変遷を通じてつねに独自なものを保っていた。~略~ピエロとフーケは風土と環境においてもこのようにちがうが、思想においてもたいへんちがっていた。~略~二人の技法もたいていの場合ちがっている。当然のこととして画風はその影響をこうむる。一方のピエロがフレスコ画家として壁面に取り組むのに対し、他方のフーケは挿絵画家としてミニアチュールを相手にする。」ここまでの論考はピエロとフーケの圧倒的な相違を語っていて、この二人を比較するのは恣意的な試みではないかと思わせます。ところが本書は、ここから画家としての本領を語る論調に変わっていき、造形の本質に迫る論考が展開していきます。「どんな環境に置かれ、どんな出来事に出会い、どんな運命に玩ばれようとも、画家は画家であり、画家の心を捉えるのはなによりも描くこと、絵によってひとつの世界を創造することである。ピエロとフーケは、時代環境では説明のつかない同一の態度をもってこの問題に対処した。二人とも大きなスタイルとのびやかなフォルムをもっていた。二人とも強い造形力を備えており、マティエールの重量を感じさせ、絵の平面に強力な厚みを生み出した。~略~ピエロとフーケが求めたのは形態上の調和、つまり形と形、色と色の照応であり、二人はそれを石壁とパネルの上に実現した。~略~ピエロとフーケによって、私たちは絵画の本質に触れるのである。つまり、図像学的ペダントリーや文学趣味から限りなく遠く、純粋に絵画的な関心にしたがって私たちは歩むことができるのだ。」前述した付録については後日に回します。