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古寺巡礼「金堂薬師如来」について
「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「金堂薬師如来」です。私は奈良の薬師寺を幾度となく訪れていて、本尊薬師如来は見るたびに心を動かされてきました。著者による感想に感銘を受けながら、ここは全文引用させていただきます。「この本尊の雄大で豊麗な、柔らかさと強さとの抱擁し合った、円満そのもののような美しい姿は、自分の目で見て感ずるほかに、何とも言いあらわしようのないものである。胸の前に開いた右手の指の、とろっとした柔らかな光だけでも、われわれの心を動かすに十分であるが、あの豊麗な体躯は、蒼空のごとく清らかに深い胸といい、力強い肩から胸と腕を伝って下腹部へ流れる微妙に柔らかな衣といい、この上体を静寂な調和のうちに安置する大らかな結跏の形といい、すべての面と線とから滾々としてつきない美の泉を湧き出させているように思われる。それはわれわれがギリシャ彫刻を見て感ずるあの人体の美しさではない。ギリシャ彫刻は人間の願望の最高の反映としての理想的な美しさを現わしているが、ここには彼岸の願望を反映する超絶的なある者が人の姿をかりて現われているのである。現世を仮幻とし真実の生をその奥に認める宗教的な心情から、絶対境の具体的な象徴が生まれなくてはならなかったとすれば、このように超人間的な香気を強くするのは避け難いことであったろう。その心持ちはさらに頭部の美において著しい。その顔は瞼の重い、鼻のひろい、輪郭の比較的に不鮮明な、蒙古種独特の骨相を持ってはいるが、しかしその気品と威厳とにおいてはどんな人種の顔にも劣らない。ギリシャ人が東方のある民族の顔を評して肉団のごとしと言ったのは、ある点では確かに当たっているかも知れぬが、その肉団からこのような美しさを輝き出させることが可能であるとは彼らも知らなかったであろう。あの頬の奇妙な円さ、豊満な肉の言い難いしまり方、ー肉団であるべきはずの顔には、無限の慈悲と聡明と威厳とが浮かび出ているのである。あのわずかに見開いたきれの長い眼には、大悲の涙がたたえられているように感じられる。あの頬と唇と顎とに光るとろりとした光のうちにも、無量の慧智と意力とが感じられる。確かにこれは人間の顔ではない。その美しさも人間以上の美しさである。」何と饒舌な感想でしょうか。今回はここまでにします。