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古寺巡礼「法隆寺五重塔」について
「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「法隆寺五重塔」です。私も幾度となく訪れた法隆寺では、安定感のある五重塔を見上げては何度も溜息が漏れました。著者は周囲を歩きながら五重塔を丁寧に見て、私はその観察眼に驚きました。「塔は高い。従ってわたくしの目と五層の軒との距離は、五通りに違っている。各層の勾欄や斗拱もおのおの五通りに違う。その軒や勾欄や斗拱がまた相互間に距離を異にしている。その他塔の形をつくりあげている無数の細かい形象は、ことごとく同じようにわたくしの眼からの距離を異にしているのである。しかしわたくしが静止している時には、これは必ずしも重大なことではない。静止の姿においてはむしろ塔の各層の釣り合いがーたとえば軒の出の多い割合に軸部が低く屋根の勾配が緩慢で、塔身の高さがその広さに対し最低限の権衡を示していること、あるいは上に行くほど縮まって行く軒のうちで第二と第四がこころもち多く引っ込み、従って上部にとがって行く塔勢が、かすかな変化のために一層美しく見えることなどが、重大な問題である。しかるにわたくしが一歩動きはじめると、この権衡や塔勢を形づくっている無数の形象が一斉に位置を換え、わたくしの眼との距離を更新しはじめるのである。しかもその更新の度が一つとして同一ではない。眼との距離の近いものは動きが多く、距離の遠い上層のものはきわめてかすかにしか動かない。だからわたくしが連続して歩くときには、非常に早く動く軒と緩慢に動く軒とがある。軒ばかりではなく権衡も塔勢もことごとく速度が違う。塔全体としては非常に複雑な動き方で、しかもその複雑さが不動の権衡と塔勢とに統一せられている。」ここまで引用すると著者がいかに塔が好きなのかが分かります。確かに法隆寺五重塔には、こちら側が歩いてみたり、近づいてみたりして、さまざまな角度や視点を持って見続けたい欲望に駆られます。私が教職に就いていた頃は、修学旅行でさっさと通り過ぎる団体の忙しさがあって消化不良を起こしていました。それで時間をかけたい場所には個人で出かけるようになったのでした。